「新年の御慶(ぎょけい)目出度(めでたく)申納候(もうしおさめそろ)。……」
いつになく出が真面目だと主人が思う。迷亭先生の手紙に真面目なのはほとんどないので、この間などは「其後(そのご)別に恋着(れんちゃく)せる婦人も無之(これなく)、いず方(かた)より艶書(えんしょ)も参らず、先(ま)ず先(ま)ず無事に消光罷(まか)り在り候(そろ)間、乍憚(はばかりながら)御休心可被下候(くださるべくそろ)」と云うのが来たくらいである。それに較(くら)べるとこの年始状は例外にも世間的である。
「一寸参堂仕り度(たく)候えども、大兄の消極主義に反して、出来得る限り積極的方針を以(もっ)て、此千古未曾有(みぞう)の新年を迎うる計画故、毎日毎日目の廻る程の多忙、御推察願上候(そろ)……」
なるほどあの男の事だから正月は遊び廻るのに忙がしいに違いないと、主人は腹の中で迷亭君に同意する。
「昨日は一刻のひまを偸(ぬす)み、東風子にトチメンボーの御馳走(ごちそう)を致さんと存じ候処(そろところ)、生憎(あいにく)材料払底の為(た)め其意を果さず、遺憾(いかん)千万に存候(ぞんじそろ)。……」
そろそろ例の通りになって来たと主人は無言で微笑する。
「明日は某男爵の歌留多会(かるたかい)、明後日は審美学協会の新年宴会、其明日は鳥部教授歓迎会、其又明日は……」
うるさいなと、主人は読みとばす。
「右の如く謡曲会、俳句会、短歌会、新体詩会等、会の連発にて当分の間は、のべつ幕無しに出勤致し候(そろ)為め、不得已(やむをえず)賀状を以て拝趨(はいすう)の礼に易(か)え候段(そろだん)不悪(あしからず)御宥恕(ごゆうじょ)被下度候(くだされたくそろ)。……」
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