「君その娘は寒月の所へ来たがってるのか。金田や鼻はどうでも構わんが、娘自身の意向はどうなんだ」
「そりゃ、その――何だね――何でも――え、来たがってるんだろうじゃないか」鈴木君の挨拶は少々曖昧(あいまい)である。実は寒月君の事だけ聞いて復命さえすればいいつもりで、御嬢さんの意向までは確かめて来なかったのである。従って円転滑脱(かつだつ)の鈴木君もちょっと狼狽(ろうばい)の気味に見える。
「だろうた判然しない言葉だ」と主人は何事によらず、正面から、どやし付けないと気がすまない。
「いや、これゃちょっと僕の云いようがわるかった。令嬢の方でもたしかに意(い)があるんだよ。いえ全くだよ――え?――細君が僕にそう云ったよ。何でも時々は寒月君の悪口を云う事もあるそうだがね」
「あの娘がか」
「ああ」
「怪(け)しからん奴だ、悪口を云うなんて。第一それじゃ寒月に意(い)がないんじゃないか」
「そこがさ、世の中は妙なもので、自分の好いている人の悪口などは殊更(ことさら)云って見る事もあるからね」
「そんな愚(ぐ)な奴がどこの国にいるものか」と主人は斯様(かよう)な人情の機微に立ち入った事を云われても頓(とん)と感じがない。
「その愚な奴が随分世の中にゃあるから仕方がない。現に金田の妻君もそう解釈しているのさ。戸惑(とまど)いをした糸瓜(へちま)のようだなんて、時々寒月さんの悪口を云いますから、よっぽど心の中(うち)では思ってるに相違ありませんと」
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