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四 - 12

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「そんな事も無かろう」と術(じゅつ)なげに答える。さっきまで迷亭の悪口を随分ついた揚句ここで無暗(むやみ)な事を云うと、主人のような無法者はどんな事を素(す)っ破抜(ぱぬ)くか知れない。なるべくここは好(いい)加減に迷亭の鋭鋒をあしらって無事に切り抜けるのが上分別なのである。鈴木君は利口者である。いらざる抵抗は避けらるるだけ避けるのが当世で、無要の口論は封建時代の遺物と心得ている。人生の目的は口舌(こうぜつ)ではない実行にある。自己の思い通りに着々事件が進捗(しんちょく)すれば、それで人生の目的は達せられたのである。苦労と心配と争論とがなくて事件が進捗すれば人生の目的は極楽流(ごくらくりゅう)に達せられるのである。鈴木君は卒業後この極楽主義によって成功し、この極楽主義によって金時計をぶら下げ、この極楽主義で金田夫婦の依頼をうけ、同じくこの極楽主義でまんまと首尾よく苦沙弥君を説き落して当該(とうがい)事件が十中八九まで成就(じょうじゅ)したところへ、迷亭なる常規をもって律すべからざる、普通の人間以外の心理作用を有するかと怪まるる風来坊(ふうらいぼう)が飛び込んで来たので少々その突然なるに面喰(めんくら)っているところである。極楽主義を発明したものは明治の紳士で、極楽主義を実行するものは鈴木藤十郎君で、今この極楽主義で困却しつつあるものもまた鈴木藤十郎君である。

「君は何にも知らんからそうでもなかろうなどと澄し返って、例になく言葉寡(ことばずく)なに上品に控(ひか)え込むが、せんだってあの鼻の主が来た時の容子(ようす)を見たらいかに実業家贔負(びいき)の尊公でも辟易(へきえき)するに極(きま)ってるよ、ねえ苦沙弥君、君大(おおい)に奮闘したじゃないか」

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