衣服はかくのごとく人間にも大事なものである。人間が衣服か、衣服が人間かと云うくらい重要な条件である。人間の歴史は肉の歴史にあらず、骨の歴史にあらず、血の歴史にあらず、単に衣服の歴史であると申したいくらいだ。だから衣服を着けない人間を見ると人間らしい感じがしない。まるで化物(ばけもの)に邂逅(かいこう)したようだ。化物でも全体が申し合せて化物になれば、いわゆる化物は消えてなくなる訳だから構わんが、それでは人間自身が大(おおい)に困却する事になるばかりだ。その昔(むか)し自然は人間を平等なるものに製造して世の中に抛(ほう)り出した。だからどんな人間でも生れるときは必ず赤裸(あかはだか)である。もし人間の本性(ほんせい)が平等に安んずるものならば、よろしくこの赤裸のままで生長してしかるべきだろう。しかるに赤裸の一人が云うにはこう誰も彼も同じでは勉強する甲斐(かい)がない。骨を折った結果が見えぬ。どうかして、おれはおれだ誰が見てもおれだと云うところが目につくようにしたい。それについては何か人が見てあっと魂消(たまげ)る物をからだにつけて見たい。何か工夫はあるまいかと十年間考えてようやく猿股(さるまた)を発明してすぐさまこれを穿(は)いて、どうだ恐れ入ったろうと威張ってそこいらを歩いた。これが今日(こんにち)の車夫の先祖である。単簡(たんかん)なる猿股を発明するのに十年の長日月を費(つい)やしたのはいささか異(い)な感もあるが、それは今日から古代に溯(さかのぼ)って身を蒙昧(もうまい)の世界に置いて断定した結論と云うもので、その当時にこれくらいな大発明はなかったのである。デカルトは「余は思考す、故に余は存在す」という三(み)つ子(ご)にでも分るような真理を考え出すのに十何年か懸ったそうだ。すべて考え出す時には骨の折れるものであるから猿股の発明に十年を費やしたって車夫の智慧(ちえ)には出来過ぎると云わねばなるまい。さあ猿股が出来ると世の中で幅のきくのは車夫ばかりである。あまり車夫が猿股をつけて天下の大道を我物顔に横行濶歩(かっぽ)するのを憎らしいと思って負けん気の化物が六年間工夫して羽織と云う無用の長物を発明した。すると猿股の勢力は頓(とみ)に衰えて、羽織全盛の時代となった。八百屋、生薬屋(きぐすりや)、呉服屋は皆この大発明家の末流(ばつりゅう)である。猿股期、羽織期の後(あと)に来るのが袴期(はかまき)である。これは、何だ羽織の癖にと癇癪(かんしゃく)を起した化物の考案になったもので、昔の武士今の官員などは皆この種属である。かように化物共がわれもわれもと異(い)を衒(てら)い新(しん)を競(きそ)って、ついには燕(つばめ)の尾にかたどった畸形(きけい)まで出現したが、退いてその由来を案ずると、何も無理矢理に、出鱈目(でたらめ)に、偶然に、漫然に持ち上がった事実では決してない。皆勝ちたい勝ちたいの勇猛心の凝(こ)ってさまざまの新形(しんがた)となったもので、おれは手前じゃないぞと振れてあるく代りに被(かぶ)っているのである。して見るとこの心理からして一大発見が出来る。それはほかでもない。自然は真空を忌(い)むごとく、人間は平等を嫌うと云う事だ。すでに平等を嫌ってやむを得ず衣服を骨肉のごとくかようにつけ纏(まと)う今日において、この本質の一部分たる、これ等を打ちやって、元の杢阿弥(もくあみ)の公平時代に帰るのは狂人の沙汰である。よし狂人の名称を甘んじても帰る事は到底出来ない。帰った連中を開明人(かいめいじん)の目から見れば化物である。仮令(たとい)世界何億万の人口を挙(あ)げて化物の域に引ずりおろしてこれなら平等だろう、みんなが化物だから恥ずかしい事はないと安心してもやっぱり駄目である。世界が化物になった翌日からまた化物の競争が始まる。着物をつけて競争が出来なければ化物なりで競争をやる。赤裸(あかはだか)は赤裸でどこまでも差別を立ててくる。この点から見ても衣服はとうてい脱ぐ事は出来ないものになっている。
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