「実際遊んでるじゃないかの」
「ところが閑中(かんちゅう)自(おのず)から忙(ぼう)ありでね」
「そう、粗忽(そこつ)だから修業をせんといかないと云うのよ、忙中自(おのずか)ら閑(かん)ありと云う成句(せいく)はあるが、閑中自ら忙ありと云うのは聞いた事がない。なあ苦沙弥さん」
「ええ、どうも聞きませんようで」
「ハハハハそうなっちゃあ敵(かな)わない。時に伯父さんどうです。久し振りで東京の鰻(うなぎ)でも食っちゃあ。竹葉(ちくよう)でも奢(おご)りましょう。これから電車で行くとすぐです」
「鰻も結構だが、今日はこれからすい原(はら)へ行く約束があるから、わしはこれで御免を蒙(こうむ)ろう」
「ああ杉原(すぎはら)ですか、あの爺(じい)さんも達者ですね」
「杉原(すぎはら)ではない、すい原(はら)さ。御前はよく間違ばかり云って困る。他人の姓名を取り違えるのは失礼だ。よく気をつけんといけない」
「だって杉原(すぎはら)とかいてあるじゃありませんか」
「杉原(すぎはら)と書いてすい原(はら)と読むのさ」
「妙ですね」
「なに妙な事があるものか。名目読(みょうもくよ)みと云って昔からある事さ。蚯蚓(きゅういん)を和名(わみょう)でみみずと云う。あれは目見ずの名目よみで。蝦蟆(がま)の事をかいると云うのと同じ事さ」
「へえ、驚ろいたな」
「蝦蟆を打ち殺すと仰向(あおむ)きにかえる。それを名目読みにかいると云う。透垣(すきがき)をすい垣(がき)、茎立(くきたち)をくく立、皆同じ事だ。杉原(すいはら)をすぎ原などと云うのは田舎(いなか)ものの言葉さ。少し気を付けないと人に笑われる」
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