「あのね。坊たん、坊たん、どこ行くのって」
「面白いのね。それから?」
「わたちは田圃(たんぼ)へ稲刈いに」
「そう、よく知ってる事」
「御前がくうと邪魔(だま)になる」
「あら、くうとじゃないわ、くるとだわね」ととん子が口を出す。坊ばは相変らず「ばぶ」と一喝(いっかつ)して直ちに姉を辟易(へきえき)させる。しかし中途で口を出されたものだから、続きを忘れてしまって、あとが出て来ない。「坊ばちゃん、それぎりなの?」と雪江さんが聞く。
「あのね。あとでおならは御免(ごめん)だよ。ぷう、ぷうぷうって」
「ホホホホ、いやだ事、誰にそんな事を、教わったの?」
「御三(おたん)に」
「わるい御三(おさん)ね、そんな事を教えて」と妻君は苦笑をしていたが「さあ今度は雪江さんの番だ。坊やはおとなしく聞いているのですよ」と云うと、さすがの暴君も納得(なっとく)したと見えて、それぎり当分の間は沈黙した。
「八木先生の演説はこんなのよ」と雪江さんがとうとう口を切った。「昔ある辻(つじ)の真中に大きな石地蔵があったんですってね。ところがそこがあいにく馬や車が通る大変賑(にぎ)やかな場所だもんだから邪魔になって仕様がないんでね、町内のものが大勢寄って、相談をして、どうしてこの石地蔵を隅の方へ片づけたらよかろうって考えたんですって」
「そりゃ本当にあった話なの?」
「どうですか、そんな事は何ともおっしゃらなくってよ。――でみんながいろいろ相談をしたら、その町内で一番強い男が、そりゃ訳はありません、わたしがきっと片づけて見せますって、一人でその辻へ行って、両肌(もろはだ)を抜いで汗を流して引っ張ったけれども、どうしても動かないんですって」
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