「あら妙な人ね。寒月さんですよ。構やしないわ」
「でも、わたし、いやなんですもの」と読売新聞の上から眼を放さない。こんな時に一字も読めるものではないが、読んでいないなどとあばかれたらまた泣き出すだろう。
「ちっとも恥かしい事はないじゃありませんか」と今度は細君笑いながら、わざと茶碗を読売新聞の上へ押しやる。雪江さんは「あら人の悪るい」と新聞を茶碗の下から、抜こうとする拍子に茶托(ちゃたく)に引きかかって、番茶は遠慮なく新聞の上から畳の目へ流れ込む。「それ御覧なさい」と細君が云うと、雪江さんは「あら大変だ」と台所へ馳(か)け出して行った。雑巾(ぞうきん)でも持ってくる了見(りょうけん)だろう。吾輩にはこの狂言がちょっと面白かった。
寒月君はそれとも知らず座敷で妙な事を話している。
「先生障子(しょうじ)を張り易(か)えましたね。誰が張ったんです」
「女が張ったんだ。よく張れているだろう」
「ええなかなかうまい。あの時々おいでになる御嬢さんが御張りになったんですか」
「うんあれも手伝ったのさ。このくらい障子が張れれば嫁に行く資格はあると云って威張ってるぜ」
「へえ、なるほど」と云いながら寒月君障子を見つめている。
「こっちの方は平(たいら)ですが、右の端(はじ)は紙が余って波が出来ていますね」
「あすこが張りたてのところで、もっとも経験の乏(とぼ)しい時に出来上ったところさ」
「なるほど、少し御手際(おてぎわ)が落ちますね。あの表面は超絶的(ちょうぜつてき)曲線(きょくせん)でとうてい普通のファンクションではあらわせないです」と、理学者だけにむずかしい事を云うと、主人は
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