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十一 - 3

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「入れる所がなかったから、ヴァイオリンといっしょに袋のなかへ入れて、船へ乗ったら、その晩にやられました。鰹節(かつぶし)だけなら、いいのですけれども、大切なヴァイオリンの胴を鰹節と間違えてやはり少々噛(かじ)りました」

「そそっかしい鼠だね。船の中に住んでると、そう見境(みさかい)がなくなるものかな」と主人は誰にも分らん事を云って依然として鰹節を眺(なが)めている。

「なに鼠だから、どこに住んでてもそそっかしいのでしょう。だから下宿へ持って来てもまたやられそうでね。剣呑(けんのん)だから夜(よ)るは寝床の中へ入れて寝ました」

「少しきたないようだぜ」

「だから食べる時にはちょっとお洗いなさい」

「ちょっとくらいじゃ奇麗にゃなりそうもない」

「それじゃ灰汁(あく)でもつけて、ごしごし磨いたらいいでしょう」

「ヴァイオリンも抱いて寝たのかい」

「ヴァイオリンは大き過ぎるから抱いて寝る訳には行かないんですが……」と云いかけると

「なんだって?ヴァイオリンを抱いて寝たって?それは風流だ。行く春や重たき琵琶(びわ)のだき心と云う句もあるが、それは遠きその上(かみ)の事だ。明治の秀才はヴァイオリンを抱いて寝なくっちゃ古人を凌(しの)ぐ訳には行かないよ。かい巻(まき)に長き夜守(よも)るやヴァイオリンはどうだい。東風君、新体詩でそんな事が云えるかい」と向うの方から迷亭先生大きな声でこっちの談話にも関係をつける。

東風君は真面目で「新体詩は俳句と違ってそう急には出来ません。しかし出来た暁にはもう少し生霊(せいれい)の機微(きび)に触れた妙音が出ます」

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