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十一 - 6

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「向上の一路はヴァイオリンなどで開ける者ではない。そんな遊戯三昧(ゆうぎざんまい)で宇宙の真理が知れては大変だ。這裡(しゃり)の消息を知ろうと思えばやはり懸崖(けんがい)に手を撒(さっ)して、絶後(ぜつご)に再び蘇(よみが)える底(てい)の気魄(きはく)がなければ駄目だ」と独仙君はもったい振って、東風君に訓戒じみた説教をしたのはよかったが、東風君は禅宗のぜの字も知らない男だから頓(とん)と感心したようすもなく

「へえ、そうかも知れませんが、やはり芸術は人間の渇仰(かつごう)の極致を表わしたものだと思いますから、どうしてもこれを捨てる訳には参りません」

「捨てる訳に行かなければ、お望み通り僕のヴァイオリン談をして聞かせる事にしよう、で今話す通りの次第だから僕もヴァイオリンの稽古をはじめるまでには大分(だいぶ)苦心をしたよ。第一買うのに困りましたよ先生」

「そうだろう麻裏草履(あさうらぞうり)がない土地にヴァイオリンがあるはずがない」

「いえ、ある事はあるんです。金も前から用意して溜めたから差支(さしつか)えないのですが、どうも買えないのです」

「なぜ?」

「狭い土地だから、買っておればすぐ見つかります。見つかれば、すぐ生意気だと云うので制裁を加えられます」

「天才は昔から迫害を加えられるものだからね」と東風君は大(おおい)に同情を表した。

「また天才か、どうか天才呼ばわりだけは御免蒙(ごめんこうむ)りたいね。それでね毎日散歩をしてヴァイオリンのある店先を通るたびにあれが買えたら好かろう、あれを手に抱(かか)えた心持ちはどんなだろう、ああ欲しい、ああ欲しいと思わない日は一日(いちんち)もなかったのです」

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