「どうですか、あの方は学校へ行って球(たま)ばかり磨いていらっしゃるから、大方知らないでしょう」
「寒月さんは本当にあの方を御貰(おもらい)になる気なんでしょうかね。御気の毒だわね」
「なぜ?御金があって、いざって時に力になって、いいじゃありませんか」
「叔母さんは、じきに金、金って品(ひん)がわるいのね。金より愛の方が大事じゃありませんか。愛がなければ夫婦の関係は成立しやしないわ」
「そう、それじゃ雪江さんは、どんなところへ御嫁に行くの?」
「そんな事知るもんですか、別に何もないんですもの」
雪江さんと叔母さんは結婚事件について何か弁論を逞(たくま)しくしていると、さっきから、分らないなりに謹聴しているとん子が突然口を開いて「わたしも御嫁に行きたいな」と云いだした。この無鉄砲な希望には、さすが青春の気に満ちて、大(おおい)に同情を寄すべき雪江さんもちょっと毒気を抜かれた体(てい)であったが、細君の方は比較的平気に構えて「どこへ行きたいの」と笑ながら聞いて見た。
「わたしねえ、本当はね、招魂社(しょうこんしゃ)へ御嫁に行きたいんだけれども、水道橋を渡るのがいやだから、どうしようかと思ってるの」
細君と雪江さんはこの名答を得て、あまりの事に問い返す勇気もなく、どっと笑い崩れた時に、次女のすん子が姉さんに向ってかような相談を持ちかけた。
「御ねえ様も招魂社がすき?わたしも大すき。いっしょに招魂社へ御嫁に行きましょう。ね?いや?いやなら好(い)いわ。わたし一人で車へ乗ってさっさと行っちまうわ」
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